看護の力で何ができるか、を追求する道の途中で…。

絶対ナース「自分らしく輝くために」
小森恵太ロングインタビュー
訪問看護師 小森恵太
株式会社ウチエト 代表取締役
訪問看護ステーション[つむぐ] 管理者
看護師であり、近所の兄ちゃんであり、家族でありたい。
その日、小森恵太は、訪問看護ステーション[つむぐ]の仲間、中部(なかべ)正人と連れ立って、利用者であるとある兄弟の家を訪れた。兄弟の病気は、筋ジストロフィー。遺伝的な背景をもとに、進行性に筋肉が破壊されていく難病だ。二人はすでに症状が進行しており、自立歩行が困難で、起き上がることもままならない。三年前から呼吸機能も低下し、人工呼吸器が手放せなくなった。
小森たちはゆっくり丁寧に人工呼吸器のチューブ交換や機器のメンテナンスを行い、それを終えると、足のマッサージや爪切り、歯磨き、ひげ剃りなどのケアに取りかかる。「爪を切るよ」「ふとんをめくるよ」「おお、伸びてる伸びてる」。動作をするたびに声をかけるのは、安心してケアを任せてもらうためだ。こうした声かけの合間に、小森は中部に漫才のような会話を仕掛ける。本の読み聞かせが好きな兄に向かって、「今日は中部さんが、本を100冊読んでくれるらしいよ」と言えば、中部が「え、それはちょっと無理だなぁ」と苦笑い。すると小森がすかさず「読んでもらわんとあかんよなぁ」と兄に目配せする。こうした会話に、兄弟の表情はやわらかく緩む。ベッドルームに優しい時間が流れていく。
小森たちはこの兄弟のもとへ週に一度通い、2時間の看護を提供している。小森は言う。「いつも、今日はどうやって笑かそうか、喜ばそうか、と考えながら訪問しています。看護師というよりも、近所の兄ちゃん、もう少し言えば、家族に近い人がやってきたよ、という感じでおうちにお邪魔して、できるだけ楽しい時間を過ごすよう心がけています」。その思いが通じているのか、兄弟も、「小森さんたちの訪問が、いつも待ち遠しい」と笑みを浮かべる。
実は、今回の記事を作るにあたり、「誰か、利用者さんのお宅を取材したい」と依頼したところ、小森は真っ先にこの兄弟を推薦してくれた。「とっても純粋で、とっても素敵な兄弟なんです。彼らがこうしてメディアに出ることによって、彼らの生きている証を残せるし、同じ病気を患っている人を勇気づけることもできます。二人とも、そのことをよく理解していて、快く承諾してくれました」(小森)。

看護の自由度を上げて、ハピネスプロジェクトを仕掛けていく。
小森たちは、利用者である兄弟を支えるだけでなく、家族のケアにも力を入れている。父母は、兄弟の隣りにベッドを並べて寝起きしている。とくに母は24時間介護のため、ここ何年も好きなコンサートに行くことを躊躇していた。その思いを聞いた小森は、「僕が二人を看ているから、行ってきてください」と背中を押した。しばらくすると、母は大好きな浜田省吾のコンサートに出かけ、満ち足りた表情で帰ってきた。「これでまた、介護を頑張れる」と母は笑った。
「僕はこうした取り組みを、ハピネスプロジェクトと呼んでいます。普通の規定通りの訪問看護では、このサポートはできないでしょう。リスクもあります。でも、リスクを考えたら、何も挑戦はできません。散歩や旅行、音楽鑑賞など、利用者さん、ご家族がしたいことがあれば、決してあきらめることなく、どうすれば叶えられるか知恵を絞ります。そうやって既成の価値観を超えて看護の自由度を上げれば、嬉しいことも悲しいことも含め、毎日が感動のドラマで満ちていくんです」と、小森は瞳を輝かせる。

ハピネスプロジェクトを仕掛けるために、小森が大切にしているのは、利用者の<その人らしさ>を知ることだ。[つむぐ]では、訪問看護の契約を結ぶと、パソコンに利用者ごとのフォルダを作り、本人の趣味や好きなことを詳しく記録する。その情報を基に、スタッフみんなで会議を開き、どうやったらその人の人生を豊かにできるか話し合う。また、<その人らしさ>は、言葉だけでなく、家の様子から見えてくる部分も大きいという。「たとえば、縁側のクッションの同じところがへこんでいると、ああ、ここに座って庭を眺めるのが好きなんだなあ、とか。台所や食卓を見ると、ちゃんと食べていると口では言っていても、実はあまり食べていないなぁとか。病院ではなく、家という生活の場に伺うからこそ、高感度でその人らしさをキャッチできますね」(小森)。
小森は、「看護師は人生の伴走者」だという。「ブラインドマラソン(視覚障害者マラソン)では、選手の横に伴走者がびっちりついて走りますよね。そして、<あと100メートル行ったら、右に曲がるよ>とか、<少し先に石があるよ>とか言いながら、ゴールをめざして伴走していきます。同じように、患者さん、利用者さんの横で伴走するのは、看護師だと思います。その人らしく人生を全うする、というゴールに向かって、残された日々を共に走っていきます。命が燃え尽きる瞬間まで伴走することこそが、看護師の使命だと考えています」。
「恵太よ、家に帰りたい」。そう言いながら、亡くなった祖父。
小森恵太が運営する、訪問看護ステーション[つむぐ]。岡崎市内を中心に、額田郡幸田町、安城市、蒲郡市までをカバーし、スタッフ7名で精力的に活動している。年間の看取り件数は30〜40件に及ぶ。では、そもそもどういう経緯で、小森は訪問看護ステーションを立ち上げたのだろう。
時計の針を十数年前に戻そう。当時、小森は大学病院の救急の最前線で、命を救う仕事に取り組んでいた。しかし、頭の片隅で、本人の意に反する延命措置に、疑問を感じていた。患者の望む医療やケアを提供できているだろうかと、自問することも多かった。
もう一つの大きなできごとは、祖父の死だ。「恵太よ、家に帰りたい」。そう言いながら、病院で亡くなっていった。祖父の家は医療過疎地にあり、訪問看護ステーションもなかった。訪問看護師さえ入ることができれば、家で看取られたのではないか。家に帰してあげられなかったという後悔が、小森のモチベーションを突き動かした。

在宅医療に進もう。そう決断した小森は、その思いを周囲に堂々と宣言し、“有言実行”の精神で道を切り開いていった。まず病院を転職し、神経内科や緩和ケアの病棟を経験した後、ある勉強会で知り合い、師匠と仰ぐようになった訪問看護師のもとで2年間修行。それから事業所の開設地を岡崎に定め、土地の文化を学ぶために、地元の訪問看護ステーションに1年間勤務。満を持して、平成29年、会社を興し、仲間を集めて [つむぐ]を開業した。
[つむぐ]のミッションは、次のように定められている。『個人のおもいを紡ぎ、伴走することで、誰でも、どのような環境でも、満足に生きていける社会づくりに貢献する』。このミッションのベースとなる考え方について、小森は次のように話す。「1986年、WHO(世界保健機関)は21世紀の健康戦略としてヘルスプロモーション(※)を提唱しました。そのなかで注目すべきは、<健康というのは日々の暮らしの資源の一つとして捉えられるものであり、生きるための目的ではない>と記されていることです。つまり、健康は目的ではなく、あくまでも手段なんです。その人が持っている健康を用いながら、望む生活ができるように道案内をしていく。それを、僕たち訪問看護ステーションの基本に置いています」。
※ヘルスプロモーションとは、「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし改善できるようにするプロセス」と定義されている。
医療過疎地に、コンパクトシティを作りたい。
訪問看護ステーション[つむぐ]を軌道に乗せ、順風満帆に見える小森ではあるが、すでに次の目標に向かって歩み出している。「今、注目するのは、2025年問題を超えて、2040年問題。そのときまでに、いろいろ準備していこうと考えています」と話す。高齢者人口がピークに達すると想定される2040年、社会保障は重大な局面を迎える。急速な高齢化と医療・介護の危機、若年労働力の不足、空き家急増に伴う都市の空洞化、インフラの老朽化などの課題が指摘されている。それら諸問題の方策として考えられているのが、コンパクトシティだ。これは都市の中心部に住宅や公共・商業施設などを集約し、高齢者も住みやすいコンパクトな都市を作ろうという考え方である。
その戦略を、小森はどう見るか。「コンパクトシティはいい考え方ですが、都心に作るだけでは、地域の人が取り残されてしまいます。ここ岡崎市内や周辺の医療過疎地でも、空き家問題、高齢化率、人口減少は深刻な問題です。この地域が抱える事情と課題に、看護師としてどうアプローチしていくのか、作戦を練っているところです。具体的なことはまだ言える段階ではありませんが、医療過疎地にコンパクトシティのような機能を創造したい。そのためにアクションを起こしていく計画です」。

最後に、小森に看護の力でできることは何かと、尋ねてみた。「看護の力でできることは実はとても奥深く、可能性も大きい。看護師はその人らしく生きる道を一緒に考える人。そのために、必要な医療、介護をつないだり、地域の福祉の人々を巻き込んで、最期までその人らしく生きられる場所、町、社会を作っていくことができる専門家だと思います」。さらに小森は「これは、僕の夢なのですが…」と前置きして、こう続けた。「看護を必要とするすべての人に、質の高い看護を届けたいんです。大げさにいうと、1億人が看護を必要とすれば、すべての人にそれを届けたい。看護師が寄り添うことで、それまで苦しんでいた人の痛みや不安が和らいで、〈あなたがいて良かった〉と言ってもらえる。そんな町を、社会を創りたいと考えています。看護の力で何ができるか。それを追求する道の途中に、僕はいます」。
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有限会社メディアトレード WEBサイト制作会社です
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つながり広げる〜幸せに暮らせる町づくりに向けて、看護にできることを。
看護の力 何ができるか? これからの高齢社会を豊かなものにするためのキーワードですね。
小森さん、そして全ての看護師さん、期待してます。
病院にいる患者さんのなかには、「家に帰りたい」と仰る方は少なくありません。
病院が「人生最期の場所」ではあまりにも寂しい。高齢社会が進むいま、家での看取りが当たり前になる時代にさしかかっているのだろうと思います。
看護師は人生の伴走者。とってもいい言葉ですね。
本当にそうですよね。
数年前、訪問看護ステーション開設をめざす小森さんが、高度急性期病院に勤務されている時期に取材をさせていただきました。
今回の特集、その時に聞かせていただいた夢・目標に向かってまっすぐ進んでいる姿に感動しました。
小森さんの特集を読んで関心を持ってくださった方がいたら、ぜひこちらもご一読ください。
訪問看護ステーション開設をめざす、熱い小森さんの姿が見られます。
http://www.project-linked.jp/?p=1549